トミカで
残念ながら雨が降ってきました。晴れ着が濡れないといいのですが。
数年前にご転勤でこの地を離れた方です。
再びの転勤があり、東京に戻られているそうです。お二人いたお子さんたちのご成長ぶりを知り、改めてこの年月を振り返りました。まだ幼稚園生だった〇ちゃんが、小学校最終学年になるそうです。ウチの治療室でトミカで遊んでいたあの子が!そりゃあ私も年をとるはずです。〇ちゃん、ワタシの事覚えてくれているかなあ・・・。
東京に戻ったと言いましても、お近くではない模様。再会できるかどうかは微妙ですが、思いがけずご連絡をいただけて嬉しかったです。
成人までの道のり、長いようであっという間なのでしょうね。
お付き添いでいらしてお利口さんで待っていてくれていた幾人かの顔が浮かんでいます。そんなお子さんたちには、鍼灸師ってどんなふうに映っているのかなあと、そんなことを思ってみたりして。
四十路
世の中的には3連休初日なわけですね。
弦鍼、明日の日曜は休みますが、
8日(月)成人の日は開院しております。
「年末からまだ正月休みだよ!」なんて仰る方も居て!なんともはや。
〇さまも長い休みを満喫しているお一人です。知人です、一応。20代だった彼も貫禄がおのずとついてきた40代。この年月おそろしや。
10月以来なので3か月ぶりにご来院。
「頸が、ダメ。寒いからダメなのか。最近は運動もするように心がけてて、全体的には良い方向に向いているって自負していたのに。」
左の頚部前面と左前腕の重だるさを訴えます。ですが、確かに不摂生をしていた時期よりは背部の状態はよろしいようで。
イイ感じでほぐれてきたところで「色々言って申し訳ないけど、ここんとこが苦しくなるんだよね。此処を押してくれないだろうか。」と。
知人なのでこちらも遠慮なく申します。(そこのところがつらいのはわかるけど、だからと言ってそこを押すってのはナンセンスなのよ。)
「そーなのかぁ。」
仕上げに鍼を1本使って要求とは別の箇所を緩めていきます。
(どうでしょ。)
「うん、だいじょぶみたい。」
帰り際「やっぱり、今日来てよかった!」
貴重な休み。遠路来て頂いた甲斐はあったでしょうか。
「四十路だし、メンテナンスの時間頑張って作んなきゃ。ことしもよろしく♪」
生活上の気を付けて欲しいことをお伝えして。
「気を付ける!」ものすごく素直。
いい年にしましょう!
依然として
朝から曇ったままです。
暮れも押し迫ったある日、「今日、お願いできませんか?」のお電話。
空き状況は一枠だけ。その枠で昼食をとるべく、まさに”いただきます”を口に出したところ。
(今すぐに来て頂けたら可能なのですが・・・)さすがにこの5分以内にいらっしゃるのは無理だろうと思いながら返答しますと
「すぐ行けます。実は目の前に居ます・・・。」
(・・・すぐ、参ります。)
というわけで、私も箸をつけずに仕事場に戻りました。
久しぶりです。
フルネームをいただき、カルテを探し出し。
〇さまの事は覚えております、腰痛を主訴にした印象に残る症例でした。
「覚えててくれましたか。此処って改装したんですね。」
初診は2011年2月です。
「座位から立ち上がろうとして右の腰を痛めた。1週間前です。」と言っておられました。
それから4か月後、再来院。
(前回の後は、腰の具合いかがでしたか?)結構運動制限もあった前回の様子をイメージしながら、ちょっと控えめに聞いた私に
「あ、前回ね。あのまま無くなったよ痛み。」
この時もやはり右上位腰部の痛みと、左仙骨部でした。
そして丸6年後、ご来院3度目になったわけです。
「僕はね、実は今ここに住んでいないんですよ。」
(え?そうだったんですか!)新住所をお聞きしたら、やや距離ございます。
「たまたまこっちに用事があって来ていました。4日前に痛めた腰がどうにも駄目で。この後もまだ仕事があるしマズイなあ・・・って。そして此処の鍼灸院を思い出したってわけです。来ていた先で”腰が駄目だからあそこの鍼灸院で鍼してもらって帰るわ”って言ったら、”鍼灸院なんてあったっけ?”っていわれましたよ。知らないんだぁって思ったんだよね。」
うふふ、依然として目立たぬ鍼灸院。キラキラした鍼灸院でない方が好みなので、きっとこれでいいのです。
〇さま、今回も腰とおっしゃっていますが。前回前々回とは、状態は近いですがお痛めになった位置が随分と違うようです。”此処が痛いんだ”と、ご本人が指し示す位置は近いのですけど。
あのあとのお仕事、上手くこなせましたでしょうか。
ご転居なさっても、思い出していただけて大変嬉しゅうございました。
良きスタート
夜のお月さまもこの晴天も、澄んだ空気に一層映えます。
暮れからこのお正月休みを振り返ってみますと、我ながらよく動き回りました。
29日仕事納めして夜から30日と大掃除。家族に割り振りして任せましたが、それぞれいい仕事してくれました。従兄弟にねだって送ってもらった餅米で餅もつきました。動き詰めで疲れた体をお風呂で癒していたら大事な忘れ物に気付き。せっかくついたお餅を所定の場所に供えていなかった。ギリギリ30日の夜中に完了させ。
31日にはお墓参り。ここは午後になると通行止めになるので朝一番で。
紅白ほぼ観ず早々に就寝して元旦、東名を富士山を拝みながら西へ~~。往路はこの上なく順調!目的の地に30分程滞在し即復路。これが涙の大渋滞。
なかなかの疲労でしたが、かねてからクリアさせたい案件だった為すっきりと2018年をスタートさせることが出来ました。
2日氏神様をお参りして、初売りにも参入!←これ、大事!
お正月休みにしたかったリスト、完全クリアです♪
我々は昭和の人間ですので、年賀状というものもこの時期ならではのもの。
平成の子には「こういうものをやり取りする価値観が理解できない。時間と労力の無駄遣いじゃね?」などと言われるも、この1枚だけで繋がっている友も実は多いことにお正月気付くのです毎年。
赤ちゃんの写真付きに”え!?産んだの?”と思ったら”孫ちゃんで~す!”ですと。おばあちゃんになったのかぁと感激したり、
”ごめんね年末バタバタして出し損ねた。キミからの年賀状はいつも心温まるイイ年賀状だね。いつも会いたいと思ってます。”こんなメールをくれたのも高校の時のクラスメイト。褒められちったよ♡私も会いたいっていつも思ってる!
平成の子たちにはわかってもらえなくても、こんな繋がりも切らしたくないなあと思いました。